■ななちゃんねる通信■

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■ Life is Beautiful ■

人生は美しい。

私は、いいことや幸せなことが起こったときよりも、
大きなトラブルや強い悲しみを抱えているときの方が、
なぜだかそう強く思う。

こんなことがあっても、
それでも死ぬまでは生きている、
という、ナンとも表現しがたい、生命の刹那を感じるから。


夫を毒殺した容疑で、
昨日だか一昨日だかに逮捕されたおばちゃんを見ていると、
非常に不謹慎だけれど、
とてつもない生命力を感じる。
そこまでしても生き切る、というどろどろした生命力。


少々表現が乱暴だけれど、
あっけなく死んでしまう人もいれば、
これまた、かなり不謹慎だけれど、
もう、いいんじゃね?と周囲に思われても尚、
何年も何年も生きる人もいる。

不謹慎だけれど、やっぱりそれは本音だ。
いい人はあっけない死を遂げ、
憎まれっ子はずーっと世にはばかる。

永井龍雲さんのナンバーに、
―いい人ばかりが、先に死んでゆく
というフレーズのある曲がありまして、
私はそこがとても好きなのですよね。

聞いている人それぞれに、その瞬間、
ぽっと、誰かの顔が浮かんでいるのが見えるから。
みんな、多かれ少なかれ、大切な人を亡くしていても、
こうして生きているんだなって、そう思うから。

龍雲さんは最近、コンサートでなかなかその曲を唄ってくれないのですが、
しみじみ聞きたいものです。(酔いどれ、という曲です)


これからの人生、
誰かが生まれたよ!
という朗報よりも、
誰かが死んだよ、
という訃報を聞くことの方が圧倒的に多かろう。
人生の店じまいは、もう密かに始まっているのだ。

高倉健さんが亡くなったからか、
なんだか「Life is Beautiful」という映画のタイトルを、
しみっと感じちゃっていたりします。

そろそろ喪中ハガキが届く季節になりました。
年の瀬も間近ですね。
過ぎてしまうと、あっけない。
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by nanacode | 2014-11-20 11:25

健さん、その2

朝から各局、
健さん、健さん、健さん。

まじまじと見入っていたら、
けっこう背が高い。

あれー、あの時は、
思ったより背が低いって感じたんだけどなぁ、
なんて思いながら見ていた。

もしかしたらそのとき周囲に居た人が、
たまたま大柄だったのかも、
なんても思う。
人の記憶は曖昧でテキトーだ。

それから、
冠婚葬祭には一切出ない人だった、と、
某芸能リポーターが言っていた。

えー、
だったら、あの式でお見かけできたのは、
奇跡的なことだったのかもしれない。



こういう無口で重みのある男は、
あなたたちの世代には、
きっと将来的にもいないんじゃない?

と、朝食を食べている高1くんに言った。

ーなんで?
ー今の男はぺらぺらなんでもしゃべっちゃうじゃん、プライベートなことをさ、隠すとか恥じるってことがないよね
ーそれがダメなの?
ー軽い、今の俳優とかタレントだってすぐバラエティ番組で、プライベートなこと話したがるじゃない
ーふーん

食べ終わっても、
健さんニュースを見ていた、高1くん。

そんな男になってくれよなぁと思う。


たまたまなのだけれど、
遺作は映画館で観た。
当時、それは大滝秀治の遺作だったから、
見終わったあとは、
スクリーンでは生きているのに、
もうあの人は死んでこの世にいないんだ、
と、
そればかり考えていた。

実を言うと、
静かな映画で、それほどインパクトがあるわけでもなく、
ゆえ、
内容を全て覚えてはいないのだけど、
改めて観たら、
しみじみ来るかもしれないなぁ。

映画って、時間を置いて改めて観ると、
じわじわきたり、その逆だったり。
同じ映画なのになぁ。
不思議だね。
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by nanacode | 2014-11-19 17:56

■高倉健さん、逝く■


高倉健さん、逝く。

静かな重みのあるイメージだけれど、
多分、プライベートでもそういう方だったのだろう。


かれこれ20数年前だけれど、
一度だけお見かけしたことがあった。

当時、ブライダルピアノのアルバイトをしていた私は、
帝国ホテルのレストランでの結婚式で演奏を頼まれたことがあり、
その招待客の中に高倉健さんがいらっしゃったのだ。

その日に担当した式には、
やたらと招待客に芸能人、俳優、歌手が多く、
いったい誰の式なのだろうと、興味津々だった。

新郎は、某映画の助監督だった。
とはいえ、結構お年を召していた。
対して新婦は若くて、はた目にも分かるぐらいお腹が大きかった。
どちらも知らない人ではあったけれど、
大御所がずらりと並んでいるので、きっと映画業界では有名な方だったのだろう。

記憶では、高倉健さんは乾杯の音頭を取っていたように思う。

とても驚いたのは、緊張からか、
手も声も震えていて、三角のグラスに注がれたシャンパンが、
ばしゃばしゃとこぼれて床がびしょびしょになってしまっていたこと。
えぇ、ベテランが、こんな場で緊張するの??
と、かなり驚いた記憶がある。
「こういうの苦手なんだよなぁ」という心の声が聞こえてきそうな雰囲気だった。

どんな内容だったかは忘れてしまったけれど、
非常にに短いお祝いの言葉だった。

思ったよりも小柄だったけれど、
背筋がピンとしていて恰好が良かった。
みんなが談笑していても、中に入らず、ポツンといた。
それは、畏れ多くて、誰も気軽に声をかけられなくて・・・、
結果、ポツンといた感じだった。

あの時は、ちょうど60歳ぐらいだったのかな。
あの時、あの場にいた人たちはみんなどうしたのだろうか。
助監督は、まだ映画業界にいるのだろうか。
お腹の赤ちゃんも20歳を超えている。
家族は増えたのだろうか。
不謹慎だけれど、
リコンなんてしちゃっているかもしれないし、ね。
今も、夫婦は仲良しなのだろうか。
もしそうだったら、今日の訃報を驚いて聞いたに違いないと思う。

20年前のひとこま。
訃報のニュースを見て、急に思い出した。

高倉健さんのような、語らずして相手に悟らせるような男は、
もうこの世に生まれてこないような気もする。
誰もが認める、
男の中の男、言わずもがなですが。

女はもちろん、
今や男もしゃべりすぎ。
やれブログだ、フェイスブックだ、ツイッターだ、ラインだ、メールだ、と、
とにかく何でも主張して発信したがる人、増殖中。

雄弁は銀 沈黙は金

なんだよね。わかっちゃいるが・・・。


熱烈なファン、というわけではなかったけれど、
居て当たり前の人がいなくなると、
お腹にぽっかりと穴が開いてしまった気がする。

さようなら。
さみしいね。
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by nanacode | 2014-11-18 22:40